大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和61年(ワ)186号 判決

原告

大野冨士雄

ほか一名

被告

細木秀二

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告らに対し、各金一〇〇〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

被告細木秀二(以下「被告細木」という。)は、昭和六〇年三月二三日午前五時頃、高知県土佐市甲原一四三番地一先路上において、訴外大野直人(以下「訴外人」という。)所有の普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を運転して走行中、高速運転及びハンドル操作の誤り等安全運転義務違反により、本件自動車を反転させ、助手席に同乗していた訴外人を即時同所において交通外傷、多発外傷、心不全により死亡せしめたものである。

2  被告らの責任

(一) 被告細木の責任

(1) 被告細木は、本件自動車の運転者であるが、前記過失により、本件事故を惹起し、訴外人を死亡させたから、民法七〇九条により、損害賠償責任がある。

(2) 本件自動車は、訴外人の所有であるが、訴外人は、免許停止期間中であつたため、本件自動車の助手席に同乗していたものの、被告細木に運転を任せつきりで、同被告と運転を交替できる状態ではなく、同被告の主導のもとにコインスナツク等に立ち寄つたりなど、極めて消極的に同被告に従つたにすぎないから、したがつて、運転者たる被告細木が所有者たる訴外人の運行支配に属さず、その指示を守らなかつた等の特段の事情がある場合に該当し、訴外人には、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の「他人性」が肯定され、被告細木は、本件事故について、同法三条の責任がある。

(二) 被告北原農業協同組合(以下「被告農協」という。)の責任

被告農協は、訴外人との間で、自動車損害賠償責任共済契約を締結しているところ、訴外人は、前記(一)、(2)記載のとおり、被告細木に対し、本件事故により発生した損害につき自賠法三条により責任を追求できるので、被告農協は、訴外人に対し、同法五四条の五、一項、同法一六条一項により、損害賠償責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益

訴外人は、本件事故当時、満二一歳の健康な男子で、エスシー工業有限会社に勤務していたものであり、同年齢の男子月額平均賃金一七万三八〇〇円(財団法人日弁連交通事故センター発行、交通事故損害額算定基準九訂版)を下らない収入を得ていた。

したがつて、これを基礎に、新ホフマン係数を用い、生活費として五〇パーセントを控除して計算すると、逸失利益は、二四五四万一二五五円となる。

一七万三八〇〇円×一二か月×二三・五三四×(一-〇・五)=二四五四万一二五五円

(二) 慰謝料

訴外人の年齢、家族構成、死亡の態様等を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するには、一六〇〇万円が相当である。

(三) 葬祭費

訴外人の年齢、職業、社会的地位等を考慮すると、九〇万円が相当である。

4  相続

原告大野冨士雄は、訴外人の養父で、原告大野英子は訴外人の実母であるから、原告らは、訴外人の権利義務を各二分の一宛相続した。

5  結論

よつて、原告らは、被告細木にたいしては、自賠法三条及び民法七〇九条に基づく損害賠償として、被告農協に対しては、自賠法五四条の五、一項、同法一六条一項に基づく損害賠償支払義務として、前三項記載の損害のうち原告らに各一〇〇〇万円(合計二〇〇〇万円)を、被告らが連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1項のうち、本件自動車の所有車が訴外人であること、本件事故により訴外人が死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  本件事故は、訴外人が運転中に発生したもので、被告細木には責任はない。

すなわち、訴外人等六名は、本件事故の前夜から、被告細木宅でロツクバンドの練習をしていたが、訴外人が、昭和六〇年三月二三日午前四時四〇分頃、訴外森譲二(以下「森」という。)を高知県土佐市本村所在の森宅まで訴外人所有の本件自動車を運転して送ることとなり、助手席に被告細木、運転席後部に訴外池龍二(以下「池」という。)、助手席後部に森が同乗した。

訴外人は、スピード狂で、助手席の被告細木が注意したにもかかわらず、衝突地点に至る約四〇〇メートル手前付近から時速約一七〇キロメートルの高速で運転した。そのため、本件自動車は、衝突地点より約三五〇メートル手前から横振れを始め、その結果、訴外人がハンドル操作を誤り、対向車線を超えて、ガードレールに衝突し、転覆したものである。

以上、本件事故は、訴外人の過失により発生したものであつて、被告細木に責任の発生する余地はない(なお、本件事故により、池も死亡した。)。

2(一)(1) 同2項(一)(1)の事実は否認する。

(2) 同項(一)(2)のうち、本件自動車の所有者が訴外人であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同項(二)のうち、訴外人が被告農協と自動車損害賠償責任共済契約を締結していたことは認めるが、その余は争う。

3  同3項の事実は知らない。

4  同4項の事実は認める。

第三証拠

証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1項について判断する。

1  請求原因1項のうち本件自動車の所有者が訴外人であること、本件事故により訴外人が死亡したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証の一、二、甲第二号証、甲第三号証の一、二、甲第四号証の一ないし一一、甲第五ないし第八号証の各一、二、乙第一号証、乙第三号ないし第一〇号証(ただし、甲第四号証の二ないし一一、乙第一号証は原本の存在共)、本件事故現場付近及び本件自動車の写真であることは当事者間に争いがなく、その余の部分の成立は弁論の全趣旨により認めることができる乙第二号証、原告大野英子本人尋問の結果により成立の認められる甲第九号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一〇号証の一ないし一〇、甲第一一号証の一ないし二二、証人森譲二、同松岡晃、同小橋一友の各証言、原告大野英子、被告細木秀二各本人尋問の結果、鑑定の結果(いずれも後記認定に反する部分を除く)を総合すると、以下の事実を認定することができる。

(一)  訴外人は、本件自動車(昭和五七年型ニツサンセドリツク四ドア、ハードトツプ、右ハンドル)を所有してこれを大事にし、改造したり、あるいは、運転席を土足厳禁として、自己が運転するときには、裸足で運転し、他人にもこれを要求していたが、当時、以前に起こした人身事故のために免許停止期間中であり、昭和六〇年一、二月頃、訴外人所有の本件自動車を普通自動車の運転免許を取得している被告細木に預け、被告細木において、本件自動車を運転したこともあつた。

(二)  訴外人、被告細木、森、池は、同い年(ただし、池は年下)のバンド仲間として日頃から交際していたが、昭和六〇年三月二三日午前零時頃、被告細木宅でバンド練習をし、同日午前四時頃、森を送ることとなつたが、被告細木所有の自動車が接触事故を起こして修理中であつたため、前記四名は、本件自動車に同乗し、途中コインスナツクへ寄り、食事をしたのち、高知県土佐市本村所在の森宅へ向かつた(なお、森は、普通自動車の運転免許取消処分を受けており、池は、右免許を取得していなかつた。)。

(三)  本件事故現場である高知県土佐市甲原一四三番地一先付近の状況は、アスフアルト舗装され、北側と南側は山地で、その間を縫つて本件事故現場に向かつて北に湾曲して、片側一車線(幅員各三・一メートル)の本件道路がある。

(四)  本件自動車は、前記コインスナツクを出たのち、後部の運転席側に池が、助手席側に森が同乗し(前部における訴外人、被告細木の位置は、しばらく置く)、高知市方面から高知県須崎市方面に向けて、時速約一〇〇キロメートルを大幅に超える速度で継続的に警告音を鳴らしながら本件事故現場に差し掛かり、昭和六〇年三月二三日午前五時頃、高速のため、本件自動車が横振れを始め、約一三〇メートル走行したのち、一旦は直進状態になつたものの、再び横振れし、反対車線に飛び出し、その北側の縁石で車体右側を擦り、反対車線北側のガードレールに衝突してその支柱を折り、その反動で一回転して転覆状態となりながら滑走し、その地点から約二六・五メートル先の道路南側信号機に衝突し、車体前部を南西方向に、運転席側を南に、助手席側を北にして停止した(最初に本件自動車が横振れを始めた地点から停止地点までの距離は、約三八一・五メートルである。)。

(五)  本件事故直後の午前五時八分、土佐市消防署の救急車が来たが、その際、被告細木は、本件自動車の外に裸足で立つており、訴外人は、本件自動車前部助手席の窓から上半身を出し、下半身は車の中にあり、池は、本件自動車運転席側で、その南側にあつた公衆電話付近に倒れており、森は、本件自動車内後部座席に倒れていた。

(六)  本件自動車の事故後の状況は、車体左側面の破損、凹損は殆ど見られないが、車体前部、上部、右側面、車内は相当破損した状態で、特に、車体上部は凹み、ハンドルのスポークのひとつは中心部で折れ、その上部半分はスポークから外れ、車体右側運転席のドアは外れて、停止した本件自動車の南側後方に飛ばされ、同後部座席側のドアはほとんど外れかけている。

(七)  本件事故直後における高知市内の愛宕病院での本件自動車同乗者の傷害の内容、程度は、訴外人には、顔面に切創、擦過傷があり、頸部骨折、肋骨骨折、全身打撲等ですでに死亡していたが、左足の甲の部分と右足親指に擦過傷があるものの両足は骨折していない。また、被告細木は、左頬部、右手第三指、右肘部、右手首、背部の各切創及び打撲、左肩関節、頭部の各打撲、右膝擦過傷、第二腰椎横突起骨折、頸部捻挫で、傷害の程度は、中等度である。その他、池は、頭部外傷、全身打撲、心不全ですでに死亡しており、森は、頭部外傷、全身打撲、右大腿骨転子間骨折、顔面挫創で重症であつた。

(八)  本件事故後、高知県警察本部刑事部鑑識課科学捜査研究室が、本件事故当日から昭和六〇年五月二一日にかけて捜査した結果、訴外人と森の血液型はO型、被告細木と池のそれはA型であり、主として本件自動車運転席と助手席付近における毛髪、血痕等の状況は、別紙検査結果記載のとおりであることが判明した。

(九)  原告らは、昭和六〇年四月二四日、本件事故に関し、池の母との間で、訴外人を運転者と記載して示談契約を締結した。

なお、訴外人が、本件自動車同乗中に靴を履いていたことについては、甲第九号証、原告大野英子本人尋問結果中にはこれに沿う記載ないし供述があるが、これを否定する被告細木秀二本人尋問の結果に照らし、採用することはできない。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲第九号証の記載、原告大野英子本人尋問の結果の各一部は措信できない。

2  以上の事実を前提に被告細木が本件自動車を運転していたか否かについて、判断する。

(一)  確かに、(1) 訴外人は、本件事故当時運転免許停止期間中で、本件自動車も被告細木に預けており、通常では運転を差し控えると考えられること、(2) 訴外人は本件自動車を運転するときには裸足で運転するよう要求していたところ、被告細木は本件事故後裸足であつたこと、(3) 運転席の後部座席にいた池が、南側の運転席側の外に投げ出され、本件自動車前部ドアも本件自動車停止位置の後方南側に飛ばされていたにもかかわらず、訴外人は、助手席側から上半身を出していたことは、いずれも被告細木が本件自動車を運転していたのではないかとの疑問を抱かせる事実である。

(二)  しかし、前記(一)(1)の事実は、通常の場合はともかくとして本件の場合に訴外人が運転しなかつたという決め手とはならず、また、同(2)の被告細木が裸足であつたことも、本件事故のような高速で横振れを起こして衝突し、滑走しながら転覆し、車外に投げ出された場合には、履物が何かに当たつて脱げることも考えられないではないから、決め手にはならない(被告細木秀二本人尋問の結果によれば、同被告は、当時サンダル履きであつた旨供述している。)。

問題は、同(3)の事実であるが、確かに、同一方向に投げ出されるのが自然であり、本件鑑定においても、本件事故のような場合には、同乗者はいずれも同一方向に動くことを指摘している(ただし、鑑定人は、池の投げ出された場所について、甲第一号証の二の被告細木の指示説明を採用し、池が本件自動車助手席側外に倒れていたとしており、前記認定とは逆の結論である。)。しかし、仮に、訴外人が運転したとした場合、体を固定できるハンドルの存在や運転者としての予測等があるから、池と同一方向に投げ出されていないことをもつて即座に訴外人が運転していなかつたという結論を出すわけにはいかない。

(三)  そして、右(一)、(3)の点については、若干の疑問は残るが、しかし、(1) 本件自動車の破損状況すなわち運転席側である右側が大破し、これと比較すると助手席側の破損状況は軽微であること、したがつて、運転席側に座つていた者に、助手席側に座つていた者よりも、より大きな傷害が発生したと考えられるところ、現に運転席後部座席に座つていた池が死亡し、訴外人も本件事故により死亡していること、しかも、死亡した訴外人は、本件事故により、頚部と肋骨を骨折しているが、これは、本件自動車のハンドル部分の破損状況と相応すること、(2) 別紙検査結果表(二)番号1ないし8によれば、運転席ハンドル部分とその周辺に存在した血痕がO型で、特に右ハンドル部分に付着した人肉片の血液型はO型であつて、それぞれ訴外人のそれと一致し、被告細木のそれとは一致しないこと(助手席側にもO型の血液が多いが、訴外人が本件自動車停止時には助手席に移動していることからすると、説明がつく。)、(3) 本件事故以前から訴外人が本件自動車を使用していたから、これを割り引くとしても、別紙検査結果表のとおり、運転席付近の髪の存在は、訴外人が運転していたとしても矛盾をきたさないこと、以上の事実が認められる。右事実に照らすと、前記(一)(1)ないし(3)の事実をもつて、被告細木が運転していたという事実を認定することはできない。

これは、訴外人、被告細木双方の友人であり、本件につき特段の利害関係も見当たらず、本件事故の際、本件自動車に同乗していた証人森譲二が、本件自動車を運転していたのは、訴外人であると明確に証言していることによつても裏付けることができる。

他に本件自動車を被告細木が運転していたという事実を認定するに足る的確な証拠はない。

3  以上、被告細木の運転により、本件事故が発生したと認定することはできない。

二  請求原因2について判断する。

1  被告細木の責任について

前記のとおり、被告細木が本件自動車を運転していたと認定することはできないから、その余を判断するまでもなく、被告細木には、民法七〇九条、自賠法三条の責任はない。

2  被告農協の責任について

前記のとおり、訴外人は被告細木に自賠法三条により責任を追求することができないから、被告農協には、自賠法五四条の五、一項、同法一六条一項の責任はない。

三  よつて、原告らの本訴請求は、その余の主張を判断するまでもなく理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊永多門)

検査結果表 (一) 毛髪

〈省略〉

(二) 血痕様のもの等

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例